先日、成長著しい中堅企業の経営者との懇親会の中で、次のような質問を受けました。

「会社の規模が大きくなり、そろそろ上場も選択肢に上がってきたのですが、急いでガバナンスや内部統制を整備しないといけないでしょうか」

このような質問は成長期の若手経営者の方からもよく受けるのですが、今回の助言では、経営者の方が不正対策を真剣に考え始めたときに、必ず覚えておくべきことを取り上げたいと思います。

まず、不正対策を単なるコストだと考えてはいけません。コストさえかければ不正を防止できると考えるのは大きな誤りです。いくらガバナンスや内部統制にコストをかけても形だけの施策はほとんど機能しません。こういった不正対策は、形式だけを整えるのは比較的容易です。しかし一方で、実効性ある仕組みにするのは非常に難しいのです。形だけのガバナンスや内部統制は百害あって一利なしです。不正対策で最も重要なことは、企業活動を阻害することなく効率的・効果的に不正を防止できる仕組みです。そしてそれが会社内の隅々に行きわたっていることです。そのためには、企業不正の正体を理解し、それに対応した対策を主体的に考えることが重要なのです。

既に助言2で、企業不正の正体(本質的な原因)を説明しています。それは『「不正を行うのに圧倒的に優位な状況を目の前にすると、その誘惑に負けて良心の呵責を乗り越えてしまう」という人間の持つ本質的な弱さ』でした。そして、上記「不正を行うのに圧倒的に優位な状況」として以下の不正トラップ(罠)を取り上げました。

①誰にも見られず、誰にも知られずに不正を実行できる機会がある(社内の人の動き、カネの流れを熟知している)⇒やろうと思えばいつでもやれる方法・手段がある

②経営者や上司から信頼されているという自信があり、疑われるリスクが極めて低いと考えている(信頼を丸投げされている状態)⇒不正実行後も発覚しない状態が放置されている

③万が一不正が発覚しても、「会社は外部に知られるのを恐れて大ごとにしない」とか「自分の会社への貢献度を考えれば大目に見てくれる」などと考えて良心の呵責を乗り越える(自分の行為を正当化する)⇒後ろめたい気持ちを振り払うことができる

人は不正トラップに陥ると不正に手を染める危険性が極めて高くなります。だからこそ、不正トラップに陥らない仕組みを構築することが本当に必要な不正対策なのです。

不正トラップに対処するためにどうするかを真剣に考えると、企業ごとに必要な施策は異なってくるのが当然です。不正トラップ②の「信頼の丸投げ」を例として説明します。例えば、財務経理のすべてを長年に亘り一人の社員に任せている場合、一般的な内部統制としては一人でなく複数に担当させるとか、担当者をローテーションさせるなどが対策として挙げられますが、中小企業でこれらの施策が可能でしょうか?財務経理でなくとも、その人にしか任せられないような経験とスキルが要求される業務もあるでしょう。また、一つの業務を複数人で分担することは当然コスト増を意味します。熟練者から初心者へのローテーションは業務活動の迅速性を阻害します。すなわち、会社のコストを増加させるとともに、企業活動を鈍重にさせてしまう危険性があるのです。上場企業のような大企業であれば、人材の豊富さとコスト増を吸収できるだけの収益性があるため、こういった施策も容認されるでしょう。しかし我が国の全企業の99%を占める中小企業に対しては、必ずしも適用できる施策とはいえないのです。そうすると、不正トラップの「信頼の丸投げ」に対処するためには他の施策を考えなければなりません。こういった企業ごとの状況に応じた不正対策を考える上での根本原則が不正防止の3本柱です。すべての不正対策はこの3本柱を原則として構築されます。そして原則は同じでも、企業ごとに採用する施策の内容は異なって当然なのです。

不正防止の3本柱は企業不正が起こる本質的な原因に対処するための原則的なアプローチを示しています。不正防止の3本柱の中心となる考え方は次のとおりです。

①企業理念アプローチ不正を正当化させない仕組み(人の心理に向けて作用する)。人の心情面に働きかけて良心の呵責を乗り越えられないようにする。

②競争環境アプローチ社員間の相互牽制を働かせる仕組み(相手の行動に向けて作用する)。相手の行動に目を光らせ、不審な行動を監視する。

③見られる化アプローチ自分の行動をディスクローズ(公開)する仕組み(自分の行動に向けて作用する)。人から常に見られるようにすることで、不正を実行する機会を失わせる。

①は不正の誘惑を断ち切るための内面(心理面、倫理観、道徳心)に作用し、不正トラップの「自分の行為を正当化する」を防止します。②、③は不正の誘惑が起きない外面(不正を実行できる機会を無くす)を整備し、不正トラップの「人とカネの流れを熟知」と「信頼の丸投げ」に対処します。①~③は3本柱の幹(原則)となる考え方で、幹から複数の枝が伸びるように様々な「施策、仕組み、仕掛け」が導かれます。いわゆる優良企業はこの3つの根本原則に対応するために、常に試行錯誤を繰り返しているのです。単に外から持ってきた内部統制やガバナンスとは全く異なります。組織の構成員の行動・行為のすべてを対象にして不正対策を練っているのです。例えば、助言1で取り上げた「行動指針・行動規範」は企業理念アプローチの施策の一つです。また、同じく助言1で取り上げた「有効な内部通報制度の構築」は見られる化アプローチの施策の一つです。

なお、3本柱の個々のアプローチによるさまざまな施策・仕組みについては、今後「對馬の助言」の中で取り上げていく予定です。(不正防止の3本柱の詳細は自著「たった1人!たった3日間で!!会社不正の9割を発見する方法」清文社刊に記述しています。早急に具体的な不正対策を必要としている場合には、是非ともご覧下さい)

あなたの会社には不正防止の根本原則がありますか?そして、不正トラップに対処するための対策を講じていますか?

 

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