今回のコラムでは、7月の新聞紙上等で明らかになった横領事件を取り上げます。この横領事件は「中小企業において典型的な不正行為」であり、中小企業の経営者であれば必ず想定しておかなければならない重要な経営リスクです。概要は次の通りです。

①兵庫県の運送会社の元経理部長の女が、会社から約1千万円を横領したとして6月に逮捕される。
②会社側は「着服額は6億円に上る」と訴える。
③女はブランド物に身を包み、通勤はタクシーを利用、北海道に別荘まで建設し、社内で羽振りの良さを吹聴していた。
④女が豪遊ライフに明け暮れていた裏側では、会社の金が着服されていることも知らず、経営悪化のために金策に奔走した社長(当時)が、資金繰りを苦に47歳で自らの命を絶つという悲劇も起きた。
⑤跡を継いだ弟で現在の社長は「兄を追い込んだ女を絶対に許さない」と怒りに震える。

上記の横領事件が大きく報道されたのは、前社長が社員の横領に気が付かず、自殺にまで追い込まれたという悲劇があったからでしょう。

実は中小企業では、経営者が社員の横領に全く気付かず、不正が発覚した時には会社の資金繰りが著しく悪化していて倒産寸前だった、ということが決して珍しくないのです。ただし、上場企業の不正事件とは違い、ほとんどの場合、報道されることはありません。

この事件の女は約17年間一人で経理を担当しており、着服は約10年間にわたって続いていた可能性があるといいます。今回の横領事件の手口は、社員給与の水増しや業者への架空発注など、「経費の水増し」という単純な手口です。

さて、今回の不正事件がなぜ起こったのかを「助言2」でも取り上げた「不正トラップ(罠):3つの状況」に当てはめて考えてみましょう。(なお、下線コメントは推測です)

①誰にも見られず、誰にも知られずに不正を実行できる機会がある(社内の人の動き、金の流れを熟知している)17年間一人で経理を担当していることから、実行は極めて容易だった。

②経営者や上司から信頼されているという自信があり、疑われるリスクが極めて低いと考えている(信頼を丸投げされている状態)資金繰りが悪化しても、経理の女の横領が全く疑われなかったことから、絶対的な信頼を得ていたことがわかる。

③万が一不正が発覚しても、「会社は外部に知られるのを恐れて大ごとにしない」とか「自分の会社への貢献度を考えれば大目に見てくれる」などと考えて良心の呵責を乗り越える(自分の行為を正当化する)前社長の性格を熟知していて、たとえ不正が発覚してもきっと許してくれるとか、自分の会社への貢献を考えればこれぐらい貰っても当然だ、などと勝手に判断していた。

上記から解るように、女は不正トラップに陥っていた可能性が極めて高いと思われます。

上記の不正トラップに関して、特に中小企業の横領事件における際立った特徴は、②の「信頼を丸投げされている状態」が必ずといってよいほど該当していることです。今回の事件でも前社長は女が横領しているなど夢にも思っていなかったでしょう。

中小企業の不正対策で重要なのは「信頼の丸投げ」ではなく、信頼して業務を任せる代わりに「信頼の証」(自身の仕事の過程と結果を積極的にディスクローズさせること、また、自身の仕事が他者にチェックされることを受け入れること)を要求することです。「信頼していたのに裏切られた」と経営者は嘆きます。しかし、信頼するだけでは不正行為は防げないのです。それは、不正トラップという環境が人を狂わせるからです。

あなたの会社は不正トラップを放置していませんか?経営者は従業員に信頼を丸投げしていませんか?

(なお、コラムに記載した内容は、あくまでも私見であり、一般的な見解と異なる可能性があることをご了承願います)