近年問題となっている製造業の「品質検査不正」が後を絶ちません。これは集団型の不正行為であり、某地方銀行による「書類の改ざん・偽装による不正融資」、賃貸アパート大手の「違法建築」なども同様の不正形態です。これらは集団型であると同時に長期間にわたり継続して行われ、しかも極めて発覚しにくいという特徴を持っています。

今回は、この「集団型の不正」を取り上げ、「個人型の不正」と比較して、防止策に差異があるのかどうか、何が有効な防止策なのかを解き明かしたいと思います。

個人型不正と集団型不正には、以下のようにその特徴に大きな差異があります。

①個人型不正の特徴・・・個人の利益を目的とし、発覚を防ぐための周到な隠ぺい工作がある
②集団型不正の特徴・・・前例踏襲が起こりやすく、実態が異なっていても形式に合わせてつじつま合わせをする

このように特徴が大きく異なるにも関わらず、通常、多くの会社がとっている防止策はどちらの形態に対しても「複数人でのダブルチェック」「定期的な業務ローテーション」といった一般的な防止策ではないでしょうか。ところが、もうお分かりのように、この防止策は個人型不正に対しては効果があるものの、集団型不正に対してはほとんど効果がありません。集団で口裏合わせするのでダブルチェックは無効です。前例が踏襲されるので業務ローテーションも効果が薄いのです。

それでは先に結論を述べましょう。個人型、集団型の両方に効果のある防止策は「守りの心・技・環」「攻めの不正調査」です。企業不正を徹底的に防止するためには「守り」と「攻め」の両方が必須です。これからこのエッセンスを解説いたします。

最初に「守りの心・技・環」を説明します。この内容を簡潔に述べると次のとおりです。

■心(心理的側面からのアプローチ)企業不正に対する社員の意識改革を促す

「自分のためでなく会社のためにやったのだから、どうせ会社は許してくれる」「皆がやっているから自分もやった」「上司に言われて仕方なくやった」、こういった言い訳をして良心の呵責を乗り越える者が少なからず存在します。よって会社は、何が企業不正にあたるのか(横領だけでなく品質検査不正なども重大な企業不正)を明確に示して、これらの不正を行った者は絶対に許さないと宣言することが重要です。不正に対する意識改革が良心の呵責を喚起させると同時に、それが内部通報制度と強固に連携することによって、見て見ぬふりを防止し、口裏合わせを破綻させます。社員の意識改革を徹底するための手法として、企業理念から不正撲滅を導く方法が効果的です。

■技(技術的側面からのアプローチ)管理会計に会計上の異常値を検知する機能を持たせる

管理会計を使って不正の兆候を検知する仕組みを構築します。横領や着服などの個人型不正に対しては、リスクポイント(売掛金、在庫、各経費科目)の異常値を検知する機能を組み込みます。粉飾や売上水増しなどの集団型不正に対しては、前年同期比較や比率分析によって異常値を検知します。特に個人型不正、そして集団型不正の中でも粉飾や売上水増しなどの会計不正に効果を発揮します。一方で、集団型不正の中でも会計に反映されないもの(品質検査不正、違法建築、書類改ざんによる不正融資など)を検知することは困難です。

■環(環境的側面からのアプローチ)人に見られる環境をつくり、人の目を意識する状態にする

不正が多発する会社は社員がタコツボ化して個々の行動や仕事の中身が見えなくなっています。さらにタコツボ化した社員は他者の行動・行為に対しても全く無関心です。積極的に人に見られる環境を作り出すことで、社員のタコツボ化を防止し不正を実行する機会を失わせます。
人の目を意識する状態を作ることを「見られる化」と呼んでいます。見られる化にはさまざまな施策(ダブルチェックや業務ローテーションも見られる化の施策の一つ)がありますが、その中でも「内部通報制度」は特に重要な施策です。人に見られる環境を作り常に内部通報されるリスクを意識させることで、不正行為の実行をとどまらせる効果があります。なお、内部通報制度は不正に対する意識改革を伴ってこそ機能するものであるため、心(心理的側面からのアプローチ)との強固な連携が極めて重要です。

次に、この「守りの心・技・環」が個人型不正と集団型不正に及ぼす効果を見ていきます。
まず、個人型不正に対してですが、最も効果が高いのは技(技術的側面からのアプローチ)です。心(心理的側面からのアプローチ)環(環境的側面からのアプローチ)技(技術的側面からのアプローチ)を内側からサポートする役割と言えます。個人型不正は個人的な問題(どうしてもお金が必要な事情を抱えているなど)から起きるケースが多く、心(心理的側面からのアプローチ)は無視され、巧妙な偽装・隠蔽工作によって環(環境的側面からのアプローチ)をすり抜けて実行されることが多いからです。よって、技(技術的側面からのアプローチ)によって不正の兆候をつかみ、後述する「攻めの不正調査」によって発見するという二段構えが最も現実的かつ効果的な施策になります。

一方で、集団型不正に対しては、心(心理的側面からのアプローチ)環(環境的側面からのアプローチ)が最も効果的です。守りの「心」「環」を徹底して浸透させ、強固に連携させることで、社員の中で良心の呵責を乗り越えられない者が生まれてきます。これがムラ社会のルールや口裏合わせを破綻させることにつながります。さらに、実態と形式のズレに焦点を当てた抜き打ち調査(後述する「攻めの不正調査」)が守りの「心」と「環」を強力にサポートしダメ押しの効果を発揮します。なお、技(技術的側面からのアプローチ)は管理会計上の数値として反映されるものでなければ不正の兆候を検知できません。集団型不正の粉飾や売上水増しなどの会計不正に対しては効果がありますが、元々会計的に把握することが不可能な「品質検査不正」「書類の改ざん・偽装による不正融資」「違法建築」などは検知できません。

このように個人型不正と集団型不正では防止策としての「守りの心・技・環」の重点が大きく異なるということを十分に理解しておくことが重要です。自社で起こった不祥事を類型化して「守りの心・技・環」のどれが不十分であったのかを正確に分析することが効果的な不正対策を構築するためには必須なのです。

次に「攻めの不正調査」を解説します。「攻めの不正調査」とは主として3つの監査技術(実査・確認・立会)を使用して、積極的に不正を発見するための内部調査です。3つの技術とは次のとおりですが、これは誰でも容易に使える汎用的な監査技術です。

①実査・・・現物を確かめる技術(現金・預金・有価証券などの会社財産を目で見て、数を数えて確かめる方法)
②確認・・・外部証拠を入手する技術(銀行・得意先・仕入先などの社外から直接、債権債務の残高記録を書面で入手する方法)
③立会・・・観察する技術(実地棚卸の現場立会など、観察により問題点を発見する方法)

「攻めの不正調査」「守りの心・技・環」を強力にサポートします。「守りの心・技・環」をすり抜けて実行されてしまった不正行為はそのままでは発覚しません。長期にわたり放置されてしまう危険性があります。そこで、「守りの心・技・環」をすり抜けた不正行為を積極的に見つけに行くのが「攻めの不正調査」です。これは個人型不正と集団型不正のどちらに対しても極めて効果的です。個人型不正、集団型不正のそれぞれに対する調査のポイントは次のとおりです。

①個人型不正⇒「実査」・「確認」を使う・・・帳簿と現物の差異を見抜く(横領・着服など)
②集団型不正⇒「立会」を使う・・・形式と実態の差異を観察によって見抜く(品質検査不正・違法建築など)

「攻めの不正調査」は管理会計の異常値守りの技(技術的側面からのアプローチ)]内部通報守りの環(環境的側面からのアプローチ)]からの情報をもとに調査を開始します。また、特に疑義がなくても、定期的もしくは抜き打ちでサンプリング調査することも重要です。調査によってすべての不正行為を発見できるとは限りませんが、調査の存在自体が不正実行者にとっては大きなプレッシャーとなり、不正の実行をとどまらせる絶大な効果があります。

ここまでは、個人型不正と集団型不正を比較しながら、有効な対策を説明してきました。従来の不正対策の中心は個人型不正であったため、近年問題になっている集団型不正に対しては十分な対策が講じられてこなかったと言えます。
「品質検査不正」「書類の改ざん・偽装による不正融資」「違法建築」などの集団型不正は、「行き過ぎた形式主義」「蔓延した形式主義」の典型です。その際立った特徴は「形式を整えることは、たとえデータや書類を改ざんしても不正行為に当たらない」という考え方を組織が共有していることにあります。こういった不正行為は横領や着服と違い、自分の懐に現金を入れるわけでもなく、業者と結託して何らか直接的な利益を得るわけでもないため、これぐらいのことは大丈夫だと皆が考えてしまいがちです。だからこそ起こりやすく、広範囲に蔓延しやすく、かつ、長く継続する傾向があります。
このように集団型不正は組織全体の体質(文化・風土)の問題でもあるため、一旦発生すると対症療法では退治できないのです。だからこそ、企業不正の正体を知ってそれに積極的に立ち向かう覚悟が必要です。

企業不正は「守り」と「攻め」の施策によって徹底的に封じ込めることが可能です。「守りの心・技・環」と「攻めの不正調査」は決して多額のコストを必要としません。一方で単にコストをかければ構築できるというものでもありません。むしろ企業不正に真摯に対峙するという姿勢が重要なのであり、しかも全社的な取り組みが必要なのです。そして大きな不祥事を回避するためには、自社の現状について「守りの心・技・環」と「攻めの不正調査」のどこが弱いのか、どこを補強すればよいのかを定期的に点検し、アップデートしていくことが重要です。

不正対策は会社のインフラで安全装置のようなものです。車で言えばブレーキや衝突回避機能、スリップ防止装置などと同様です。安全装置がなくても車は前に進みます。しかしブレーキがなければ止まれません。クラッシュするまで突き進むまでです。会社も同じです。不正対策がなくても売上げを上げることに何ら支障はありません。しかし売上だけに気を取られ安全装置をおろそかにすれば、ほんの小さな衝撃であっても会社が崩れ落ちてしまうこともあるのです。

あなたの会社はブレーキの無い車のようになっていませんか?
会社の安全装置をしっかりと点検していますか?

(なお、コラムに記載した内容は、あくまでも私見であり、一般的な見解と異なる可能性があることをご了承願います)