企業が不祥事防止を考える上で、忘れてはならない重要な視点が存在します。それは、不祥事を「事故」と「不正」に分けて考える視点です。なぜならば、同じ不祥事であっても、事故と不正では、その本質的な原因が異なるからです。事故であろうと、不正であろうと、最終的にはすべての責任を企業が負うことになります。だからこそ、不祥事防止策を考える上では必ず、事故と不正の2つを同時に防止できる施策をとらなければなりません。今回のコラムでは、不祥事について、それが事故なのか、不正なのかを考察するために、現在、大きな波紋を広げている「杭打ち工事のデータ改ざん問題」を取り上げたいと思います。

この杭打ち工事のデータ改ざんはマンションが傾斜したことから発覚しました。現状、マンションが傾斜した本当の原因は明確になっていませんが、杭打ち工事に不備があったことは明らかです。これが企業不祥事であることに異論はないでしょう。よって、例え一人の従業員の行為が原因であったとしても、企業が全ての責任を負うことになります(販売会社、建設会社、杭打ち工事会社が責任を分担すると思われる)。それでは、このマンション傾斜の原因である可能性を指摘されている「杭打ち工事のデータ改ざん問題」は事故でしょうか、それとも不正でしょうか。実はこれが明確に判別できないと本当の原因はつかめないのです。そこでまずは、企業不祥事を事故と不正に分けて、その違いを説明します。

(1)行為が意図的かどうか

・不正=意図的である(不正実行者)
・事故=意図的ではない(事故の当事者)

(2)不正の本質的な原因は何か

不正「不正を行うのに圧倒的に優位な状況を目の前にすると、その誘惑に負けて良心の呵責を乗り越えてしまう」という人間の持つ本質的な弱さ

これは経営者から従業員まで、すべての組織構成員に当てはまります。
そして、「不正を行うのに圧倒的に優位な状況」のことを不正トラップ(罠)と言い、次の3つの状況を指します。不正防止とは不正トラップに陥らない仕組みをつくることです。

①誰にも見られず、誰にも知られずに不正を実行できる機会がある(社内の人の動き、金の流れを熟知している)

②経営者や上司から全面的な信頼を得ているという自信から、疑われるリスクが極めて低いと考えている。また、任された業務は信頼の丸投げ状態にあり、誰からのチェックも受けず、一人で如何様にも処理できる。このことが、不正の発覚を困難にする改ざんや偽造などの隠蔽工作を容易にしている(不正の発覚を困難にする信頼の丸投げ状態)

③万が一不正が発覚しても、「会社は外部に知られるのを恐れて大ごとにしない」とか「自分の会社への貢献度を考えれば大目に見てくれる」などと考えて良心の呵責を乗り越える(自分の行為を正当化する)

(3)事故の本質的な原因は何か

事故=「緊張感の欠如」がもたらす怠惰、怠慢、手抜き、気の緩みによるミス

これを防ぐためには、「適度な緊張感」が必要です。
企業活動において「適度な緊張感」をもたらす要因は次の2つです。

①内面から生まれる緊張感 ⇒ 社内に適切な競争環境を整える
競争がもたらすやる気、勝ちたいという意欲が怠惰、手抜き、気の緩みを防ぐ。

②外から加わる緊張感 ⇒ 人から常に「見られている」という感覚を与える
人に見られていると手抜きができないし、気の緩みも起こらない。

さて、これらを踏まえ、今回のマンション傾斜を発端とする杭打ち工事のデータ改ざん問題が、事故と不正のどちらなのかを考察してみます。
まずは、問題となっている事象を個別に分割して、それぞれ事故なのか、不正なのかを見ていきましょう。

■事象1:マンションが傾斜したこと⇒事故
意図的にマンションを傾斜させたとは考えられない。意図的な不正行為ではなく、事故と見做すのが妥当。

■事象2:杭打ち工事に不備(杭が支持層に到達していないこと)があったこと⇒事故
杭打ちを意図的に支持層に到達させなかったとは考えられない。意図的な行為ではなく、事故と見做すのが妥当。

■事象3:杭打ちデータを改ざんしたり、流用したりしたこと⇒不正(隠蔽行為)
支持層に到達していないことを知っていてそれを隠すため、あるいは杭打ちデータが何らかの理由で採れなかったり、紛失したりしたことを隠蔽するために改ざんや流用が行われたのであれば、それは意図的な行為であり不正と見做すのが妥当。

このように見ていくと、問題の構図がはっきりします。まず、事象1及び事象2は「事故」なので、その本質的な原因は『「緊張感の欠如」がもたらす怠惰、怠慢、手抜き、気の緩みによるミス』です。そして事象3は「不正」なので、その本質的な原因は『「不正を行うのに圧倒的に優位な状況を目の前にすると、その誘惑に負けて良心の呵責を乗り越えてしまう」という人間の持つ本質的な弱さ』です。

まとめると、杭打ちデータの改ざん問題の本質は、「怠惰、怠慢、手抜き、気の緩みによるミスを隠蔽するために行った不正行為が杭打ちデータの改ざんであり、それを容易に実行できる環境が放置されていた」ということです。

事象3の「ミスを隠蔽するための不正行為」は頻繁にそして大量に発生してしまう傾向があります。今回の問題も業界全体で行われていたことが発覚し衝撃を与えていますが、こういった不正行為自体は良くあることで特に珍しいわけではありません。ルールや規程を設けても誰も守っていなかったということはよくあることです。いわゆる手続が形式主義になっていて、形式だけ整えれば良いという考えが蔓延していれば、改ざんや流用は頻繁に行われるのです。そして、こういった形式主義に隠れていた問題が、実際の事故に結び付いた時初めて、大きな問題として姿を現してくるのです。

さて、それでは本当に必要な防止策とは何でしょう。今回の杭打ちデータ改ざん問題のもともとの原因は、緊張感の欠如による怠惰・怠慢・手抜きが引き起こしたミスだと考えられます。そして、それを隠蔽するための偽装工作(データ改ざんや流用)が行われたのです。よって、事故を引き起こすミスとミスを隠すための不正行為の両方を防止する必要があります。

ミスを防止するためには上記(3)の内面からの緊張感をもたらすための施策(社内に適切な競争環境をつくる)と、外から加わる緊張感をもたらす施策(人から常に「見られている」という感覚を与える)が必要です。また、ミスを隠すための不正行為に対しては上記(2)の不正トラップ(罠)に陥らない仕組みが必要です。

そして、この事故と不正の両方を同時に防止するための枠組みが不正防止の3本柱(企業理念アプローチ・競争環境アプローチ・見られる化アプローチ)の構築です(詳細は助言3参照)。不正防止の3本柱の内の2本(競争環境アプローチと見られる化アプローチ)は事故防止にも極めて有効に機能します。だだし、マンション建設では元請け業者に下請け業者が連なるという構造のもと、競争環境アプローチを適用するにはかなりの知恵を働かせる必要があるでしょう。なぜならば、競争環境アプローチは従業員間の相互監視・牽制機能を働かせることが最も重要だからです。マンション建設業界では、複数の会社が入り乱れた状態の中で、従業員同士の監視・牽制を十分に働かせるためには相当の工夫が必要となるでしょう。

一方で、見られる化アプローチはすぐにでも採用できる施策が多く存在します。例としてリスクポイントの見られる化を説明しましょう。
リスクポイントの見られる化とは、不正やミスの起こり易いポイントについて、行為者以外の他の誰かに「見ていてもらう」という施策です。杭打ち工事であれば、杭が支持層に到達したかどうか(リスクポイント)、その事実を作業者以外の誰かが現場で実際に目で見ることです。そして、見たという証拠としてサイン又は印を残しておくのです。作業者にとってはリスクポイントを誰かに見てもらえなかった場合、不正行為が行われたと認定されることを意味します。
「見ている人」は決して特別な検査機関の人である必要はありません。現場の誰でも良いのです。ただ、見てもらえば良いのです。人は見られるだけで、手抜きができません。見ている方も、見ているだけですが、実際には脳が判断しています。専門家でなくても何かおかしければ何らかの行動をとります。それは質問であったり、上司への報告であったりするかもしれません。あるいは内部通報窓口を利用することもあり得ます。

一つの例を挙げましたが、「見られる化」には様々な施策があり、業態に合った最も有効な施策を優先的に利用することで、事故や不正を防止するための現実的で効果的な対策になるのです。

あなたの会社は、事故が起こる本質的な原因(緊張感の欠如がもたらす怠惰、怠慢、手抜きによるミス)を放置していませんか?

(なお、コラムに記載した内容は、あくまでも私見であり、一般的な見解と異なる可能性があることをご了承願います)