ドイツを代表する自動車メーカーフォルクスワーゲン(VW)に続いて、わが国の自動車メーカー三菱自動車でも同種の不祥事が発覚し、波紋を広げています。

実はこの不祥事の発生の根源は同じで、フォルクスワーゲン(VW)の場合は「排ガス量」、三菱自動車の場合は「燃費」という違いがあるものの、製品の品質偽装という点で同種の不正行為です。第4話のコラムではフォルクスワーゲン(VW)のケースを東芝の不祥事と比較しましたが、今回のコラムでは再度、この品質偽装と言われるⅡ型の企業不正に焦点を当てて説明したいと思います。

一般的に「人が企業不正に手を染める」のには、以下の2つの形態があると、第4話のコラムで説明しました。もう一度確認しておきましょう。

Ⅰ型: 個人が直接的に金銭的価値のある会社財産を盗む不正行為⇒横領・着服
Ⅱ型: 不正な手段を用いることによって直接的には会社に利益をもたらし、間接的に待遇・処遇(報酬、昇進、称賛、地位・権力の維持など)という形で個人が利得を得る不正行為⇒次の2種類
(1)商品・製品の品質偽装:三菱自動車燃費データ改ざん、VW排ガス不正、東洋ゴム免震偽装、有名ホテルの食材偽装など
(2)財務数値の粉飾:東芝、オリンパス、カネボウなどの会計不正

VW問題及び三菱自動車問題ともⅡ型(1)の企業不正です。Ⅱ型の不正は直接的には会社に利益をもたらし、間接的に自身への評価につなげることで、報酬、昇進、称賛などの待遇を獲得することを意図したものです。ただし、必達目標と称し過度なプレッシャーを与え、目標を下回ることを許さないような組織風土があると、追い込まれた状況での選択として不正に手を染めてしまうこともあります。こういったⅡ型企業不正の起こる原因はどこにあるのでしょうか。

会社には、目に見えない「社内競争環境」というものが存在します。そこには「具体的な目標(数値目標)を設定し、その達成度を競う」という目標利益管理システムが組み込まれています。自動車会社であれば具体的な数値目標として①品質基準(排ガス量、燃費、安全強度 等)②利益基準(営業利益、経常利益、付加価値 等)などが挙げられます。このような基準に対する目標の達成度の優劣が、社内での評価(個人、グループ、部門など)の優劣につながるのです。そして①の品質の達成度を不正操作すれば「品質偽装」になり、②の利益の達成度を不正操作すれば「粉飾」になるのです。VW、三菱自動車ともに①の品質基準に対する社内目標をあたかも達成したかのように操作した不正行為です。そして、このような不正行為が起こったとしたら、根本的な原因はどちらも同じ「社内競争環境」にあるのです。
このような不正行為が起こる社内競争を「不適切な競争」と呼びます。具体的には次の2つの種類があります。

A 過度な競争・・・不正な手段を使ってでも実際の利益を上げる⇒商品・製品の品質偽装、押し込み販売、誇大広告販売など
B ゆがんだ競争・・実際には利益がないのに、数字を操作して見せかけの利益を上げる⇒財務諸表の粉飾、部門利益の操作、不当な会計手法の採用など

これらの根本的な原因は、「競争の負の側面」を制御できなかったことにあります。A、Bともに、従業員ら(経営者が関与するケースも多い)は直接的に金銭的な利益を得ているわけではないので、不正を働いているという意識が薄いのも大きな特徴です。競争の負の側面は競争自体が本質的に抱えている問題であり、競争の正の側面(モチベーション・やる気を喚起する、怠惰・怠慢・手抜きを防ぐ、競争者間で牽制・監視機能が働く など)と表裏一体の関係にあります。ところが、このように本質的に存在している競争の負の側面は、形式的なガバナンスやコンプライアンス、手続き重視の内部統制では防止できないのです。その理由を理解するために、もう一度、Ⅰ型とⅡ型の企業不正を整理してみましょう。

Ⅰ型は個人型であり、従業員個人によるものがほとんどです。Ⅱ型はグループ型であり、関与者が複数人存在し従業員だけでなく経営者の関与が多いのも際立った特徴です。Ⅰ型には手続中心の内部統制が有効ですが、Ⅱ型では内部統制の有効性は大きく低下します。それは皆(多数人グループ、会社ぐるみなど)で内部統制、ガバナンス、コンプライアンスを「無視」するからです。そして皆でやるからこそ、無視が可能になるのです。まさに、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」ということが起こってしまうのです。

また、内部通報制度もⅡ型の企業不正に対しては機能しない危険性が高まります。例えば会社ぐるみで粉飾や品質偽装を行っている場合、経営陣も知っている事実を会社の内部通報制度を使って通報したらどうなるでしょうか。無駄な行動であることは明白であり、それだけでなく、会社から不利な取扱いを受ける危険性もあります。そのため、不正に関与している者、もしくはそれを知っている者は次のような意識を抱きがちです。
「品質偽装や粉飾(Ⅱ型の企業不正)は会社のための行為(間接的には自分にも利益がある)であり、自分が暴露すれば会社を危機に陥れるかもしれない。そうすると自分の食い扶持も危うい。さらには、会社を裏切ったとして、降格や左遷、退職勧告などの嫌がらせをうけるかもしれない」
一旦こういった意識を持ってしまうと、どんなに高潔な人でも内部通報しようという気が起こりません。

Ⅱ型の企業不正はこういった特質を有するため、「皆で隠して絶対に表に出さない」という行動をとりがちです。Ⅱ型の企業不正の発見・発覚が難しい理由はここにあるのです。(VW、三菱自動車ともに外部の指摘が発覚の発端であった)

競争の負の側面は、アスリートのドーピングにも似た現象です。競争に勝ちたいという欲求と、勝たなければならないという義務・プレッシャーに押しつぶされて禁止薬物に走ってしまうようなものです。

経営者は目標達成のために社内にプレッシャーを与えると同時に、競争の負の側面が顔を出していないかどうかを、常に注意深く監視していなければなりません。ましてや、自らが競争の負の側面に陥り、粉飾や品質偽装を指示するようなことは絶対にあってはならないのです。

それでは、Ⅱ型の企業不正を防止するためにはどうすればよいのでしょうか。「目標を設定し、その達成度を競う」という社内競争自体が問題なのでしょうか。実はグローバルに活躍するような優良企業ほど、熾烈な社内競争が行われています。それは、企業が市場競争に勝ち、生き残るためには必要不可欠な仕組みだからです。

一方で、このような優良企業では熾烈な社内競争が存在しながらも不正行為を徹底的に封じ込めています。同じ社内競争でも、不正を起こさない企業と不正を起こしてしまう企業との違いはどこにあるのでしょうか。その答えは、不適切な競争に陥らないように「適切な競争環境」を維持する仕組みがあるか、ないか、の違いです。その仕組みとは単なる手続きルールとは全く異なり、マネジメントの根幹、フレームワークともいえるものです。具体的には、適切な社内競争環境が保たれるように次の2つが大きな役割を担っています。

まず一つ目は、「企業理念」です。優良企業の企業理念には必ず「誠実さ・まじめさ・真摯さ」を尊ぶ文言が掲げられています。これにより、企業理念は「不正行為を戒める」ための最高規範として機能します。そして、企業理念から行動指針を導き、その中で「不正行為を絶対に許さない」「金額の大小にかかわらず、厳罰をもって対処する」ことを明確にします。この企業理念・行動指針をさまざまな施策により徹底的に社内に浸透させています。主な施策を挙げると次のとおりです。

①企業理念の誕生に、ストーリーを盛り込む(ストーリー性が共感を呼ぶ)
・創業経営者が苦労の上、成功した話
・会社が失敗から学んだ教訓
・経営者の哲学を理念に反映させる
・経営者が経営理念・哲学を語った書籍を出版する など

②企業理念をより具体的にする
・行動指針として具体的な行為に落とし込む
・クレド(信条)として具体的な行動規範を示す など

③常に携帯可能な「形」にする
・会社手帳に掲載する
・クレド(信条)を小冊子にして、常に携帯させる など

④企業研修
・入社時研修、昇進時研修など、必ず定期的に企業理念研修を実施する
・海外支店、工場、子会社立ち上げ時の企業理念研修 など

⑤常に目にする、耳にする環境を作り、脳裏に焼き付くようにする
・朝礼での読み上げ
・社内の適切な場所への掲示 など

以上、主な施策、仕掛けを挙げましたが、重要なことは、企業理念を決めたらそれで終わりではなく、より深く浸透させるための継続的な努力が必要であるということです。

このような施策を通じて社内に浸透した企業理念は、適切な社内競争が行われるように、競争の負の側面を「抑え込む」役割を果たしているのです。

そして二つ目は、「見られる化」です。見られる化とは、自身の行動を積極的に公開する仕組みです。社内の競争状態が常にガラス張りになるようにします。人の行動とその結果が、誰かに必ず「見られる」状態を作っているのです。すなわち、企業理念に反する行為があれば、必ず人の目に触れるような仕掛けを作っています。

見られる化にはさまざまな施策がありますが、主なものとして以下を挙げておきます。

①リスクポイントの見られる化
・不正の起きやすい業務に対して、必ず誰かに「見られている」状態を作る

②「日次採算管理のできる一覧表」の開示
・社内に公開し、牽制・監視機能を働かせる
・「スコアボード機能」がモチベーション・やる気を喚起する

③実効性のある内部通報制度
・企業理念に反する行為を通報の対象とする
・匿名でも構わない。通報者を絶対に守る
・社内での不審な行動は通報されるものと自覚させる

④短期不正調査
・企業理念に反する行為を摘発する
・不正リスクの高いポイントを攻める(不正発見のための技術(3種の神器)を使う)

このような「見られる化」のさまざまな施策によって、透明性の高い社内競争環境を作り出しているのです。

企業理念は競争の負の側面を「抑止する」役割を担い、見られる化は競争の負の側面を「あぶり出す」役割を担っています。そして、企業内のすべての人が企業理念に基づく誠実な行動を心掛けるとともに、それに違反する者を積極的に内部通報するように仕向けています。社内競争環境の負の側面に対して、企業理念が「心の抑止力」となり、見られる化が「隠せない状況」を作り出しているのです。この2つが徹底され、継続的に運用されることで、「隠すことを良しとしない企業文化」が生まれるのです。

企業内の競争に自由と規律をもたらし、不祥事の起こらない組織を構築するための基盤こそ、「企業理念」「社内競争環境」「見られる化」なのです。私はこの3つを「不祥事防止の3本柱」と呼んでいます。

Ⅱ型の企業不正を防止するためには、マネジメントの根幹にまでメスを入れる必要があります。それほど重要な経営課題であるともいえるのです。だからこそ、不正防止は経営者自らが取り組む課題であり、かつ、経営者しか構築できない仕組みなのです。

あなたの会社では、Ⅱ型の企業不正(品質偽装・粉飾)を徹底的に封じ込める仕組みがありますか?

(なお、コラムに記載した内容は、あくまでも私見であり、一般的な見解と異なる可能性があることをご了承願います)