内部統制の規程や手続を細かく定めているのに、なぜ不正や事故は起こってしまうのか、という質問が多く寄せられます。そこで、今回の助言では、ルールが形式主義になっていることに気が付かないと、それが大きな不正や事故につながってしまうことを説明したいと思います。

不正や事故を防止するためにルールを設けることは当然であり、また、ルールをつくるだけなら容易です。問題は、ルールが本当に守られているかどうかを検証することが難しいことにあります。

ルールに基づくエビデンス(証拠資料)は通常、紙ベースで残されます。そこに担当者印や上司の承認印といった形で、一連のチェック手続が施されます。ところが、形式主義に陥っていると、書類が存在し、そこに担当者印や承認印さえあればルール上問題ないという判断がなされます。もともとの書類が改ざんや偽造されていても、ルール上はこういった偽装工作を想定していないため、見過ごしてしまうのです。これこそ、ほとんどの大きな不正・事故の原因と言って良いほどの重大なリスクなのです。大きな不正や事故が起きるのは、ルールや手続き規定が無いからではありません。誰も守っていなかったから起きたのです。すなわち、ルールが形式主義に陥っていたのです。

そこで、形式主義に陥るリスクについて、段階を追って悪化する様子を見ていきましょう。

  1. 内統統制のルールに従って書類をつくっているけれど、内容の真偽についてほとんど指摘されたことが無い。
  2. 結局、誰も内容を見ていないということが周知される。
  3. 形式が整っていれば、中身は問われないという共通認識が生まれる。
  4. エビデンス(証拠)は何かあれば良いということになり、エビデンスが軽視される。
  5. エビデンス(証拠)の改ざん、偽造がまかり通る。

上記の5.の段階になると、極めて危険な状態といえます。大きな不正や事故がいつ起きてもおかしくありません。このように、一般的な、いわゆる教科書的なルールをつくっただけでは形式主義に陥るリスクを防止できないのです。

それでは、ルールが形式主義に陥らないためにはどういった対策が有効なのでしょうか。

実は対策を講じる上で、どうしても必要なことがあります。それは自社の業種・業態・規模に即した独自のリスクポイントを明らかにすることです。リスクポイントとは、不正や事故の起こる危険度が高く、ここで不正や事故が起こると致命傷になりかねない業務・行為のことを言います。

このリスクポイントを明確にできたならば、形式主義を防ぐために最も現実的で効果的な方法を採用できます。それは、リスクポイントの「見られる化」です。形式主義のリスクは実態と形式が異なってしまうことにあります。すなわち、「ルール通りにやったことにする」「チェックしたことにする」といった行為が行われることです。よって、「したことにする」が出来ないようにすれば良いのです。そのためには、人に「見られる」状態をつくる必要があります。人の行動・行為は「見られる」ことによって、その質的側面を強化することができるのです。

そこで、「見られる化」を理解するために、「自分の行動・行為が誰かに見られる」という状態を分解して考えます。それは、次の2つのステップに分けられます。

自分の行動・行為のどこが見られるのか どうやって見られるのか 内容 ルール手続き
ステップ1:(行動・行為の)過程 直接的 行動・行為が直接的に人の目にさらされる リスクポイントを誰かに見てもらう。リスクポイントは決して一人で行わない
ステップ2:(行動・行為の)結果 間接的 人の行動・行為の結果が間接的に見られる 記録と証拠(人に見られたことを証するもの=印やサイン)を上司などに提出する

一つの例を挙げて説明します。現金残高が多く、現金取扱い業務に不正や事故の危険性があるケースを考えましょう。

毎日の締め時に現金をカウントするというルールのもと、担当者が一人でカウントし、一人で金種表(カウントした現金の金種別の数量と金額を記入したもの)と現金出納帳(現金の入出金と残高を示す帳簿)を作成していたとします。この場合、担当者が現金を横領し、金種表や現金出納帳を改ざんする危険性があるとして、「毎日の現金カウント」をリスクポイントだと認識したとします。リスクポイントであれば、必ず誰かに見てもらう(ステップ1)必要があります。そこで、担当者は現金をカウントしている時だけ、誰かに立会ってもらって見ていてもらうのです。見る人は、ただ見ているだけです。これはダブルチェックとは異なります。現金カウントのダブルチェックは、自分または他の人がもう一度数え直すことです。担当者でない人が、現金をもう一度数えるという行為はかなりの手間です。手間なので、やりたくなくなります。ところが、見ているだけならば、大した手間も労力も必要ないため実行しやすいのです。そして、「見ていた」という証拠として、印やサインを金種表に残せばよいのです。現金カウントの記録(金種表)には「見られた」という証拠が残された上で、上司に提出されます(ステップ2)。上司はこの証拠(見られたという事実)を確認するだけです。

これだけで、現金横領を防げるのかと疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。実はこの効果は絶大です。人は見ているだけでも、必ず判断しています。脳が無意識に反応しているのです。現金カウントを見ている時に、何かおかしいと思ったら、何らかの行動を起こします。それは担当者への質問であったり、上司への報告であったりします。内部通報窓口を利用することもあり得ます。もちろん、数量のカウントを巧妙にごまかすなどして、見ている人に気づかれないようにすることもあるでしょう。しかし、毎日誰かに見られるということは、いずれ見つかってしまうリスクが極めて高いことを意味します。これが、不正実行者を挫けさせ、不正の実行をとどまらせるのです。

まとめると、人は「見られる」ことによって、怠惰、怠慢、手抜きが出来ません。すなわち、決められたルールを無視することが出来なくなるのです。また、無視だけでなく、証拠の改ざんや偽造といった不正行為も難しくなります。なぜならば、単に書類を改ざんしたり、偽造したりするだけでなく、「見られたという証拠(印・サイン)」も偽造しなければならず、偽装行為のハードルを著しく高めることになるからです。

このように、形式主義に陥らないためには、リスクポイントに人の目を介在させることが極めて重要です。「見られる化」はすぐにでも採用できる現実的で効果的な対策なのです。

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